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査読付き 論文
楠見友輔の査読つき論文

楠見友輔(2016) 日本における障害児と健常児の交流教育に関するレビューと今後の課題, 特殊教育学研究, 54(4), 213-222

概要

わが国の特別支援教育システムを通じて共生社会を実現する上で、交流教育(交流及び共同学習)は重要な実践である。本研究では、わが国の1945年以降の交流教育における研究をレビューし、研究の動向と課題を整理した。レビューの結果、わが国の交流教育を主題とする研究は、その目的によって1.交流経験とその効果の関係を検証する研究、2.交流の実施状況や交流に対する意識の実態の調査、3.実践の開発を志向した事例分析、4.交流計画や実践の報告の4領域に分類された。1は社会心理学的な立場から障害児への態度や意識と交流の関係を分析する研究や、態度や意識を構成する多次元的尺度を開発する研究である。障害児との接触経験が肯定的態度形成に繋がるという結果を示す研究とともに、否定的な態度形成に繋がるという結果が得られている先行研究も存在した。2は地域の交流教育の実施状況や交流に対する意識を調査する研究である。交流教育は学校種段階が上がるほど実施率が低下していることが明らかにされた。3は効果的な教育実践の方法や留意点を明らかにすることを目的とした研究である。この領域の研究は寡少であるが、筆者は先行研究で明らかにされているいくつかの留意点を紹介した。4は書籍や大学紀要にみられる報告形式の論文である。その多くが実践を成功事例として紹介しているが、教育目標が曖昧であること、効果測定や評価が主観的・楽観的であるという特徴があることが指摘された。先行研究の課題の第一は、交流の構造が考慮されていないことである。交流の形式や内容によって得られる効果は異なると考えられるが、先行研究ではそれらの差異が考慮されていない場合が多かった。第二は効果的な交流教育の条件が殆ど明らかにされていないことである。どのような条件設定を行うことが障害児への肯定的態度形成に繋がるのかを明らかにする必要があることを指摘した。第三は実践過程の分析がなされていないことである。交流中のどのような相互行為が態度形成に寄与したかを分析した先行研究はなく、交流の過程を踏まえた分析が求められることを指摘した。第四は研究対象の偏りである。高校段階の交流を対象とした研究や身体障害児との交流を扱った研究は寡少であり、今後交流教育を発展させていくためには、全ての学校種・障害種に関する交流教育の研究が進められる必要があることを指摘した。

楠見友輔(2017) 知的障害児との交流の質を規定する条件:交流経験の語りの質的分析, 特殊教育学研究, 55(4), 189-199

概要

異質な他者との単純な接触は他者集団に対する肯定的態度形成に繋がるわけではなく、知的障害者との接触が肯定的な態度形成を生じさせるためには接触の質が高いという条件を満たす必要があることが先行研究で指摘されている。本研究では健常児が知的障害児との学校間交流を肯定的に評価するための交流の質を規定する条件を明らかにすることを目的とした。知的障害特別支援学校の中学部生徒と年4回交流を行った高等学校の健常児10名を対象とし、交流後に平均90分ずつのインタビューを実施した。インタビューでは、交流で行われた12の活動時の映像を再生し、それぞれの活動における障害児への印象、楽しかった活動、反省点や改善点などを語らせるという再生刺激法インタビューを行った。質的データ分析を用い、健常児がどのような交流活動や内容を肯定的に評価しているのかに注目し交流の質を規定する条件を抽出した。結果、交流の質を規定する条件として、〈関与の可能性〉、〈位置の近さ〉、〈地位の対等さ〉、〈相互性の程度〉、〈快感情の生起〉、〈他者理解可能性〉の6条件と13の中カテゴリー、25の小カテゴリーが得られた。得られた条件とカテゴリーは、集団間接触理論の先行研究においても指摘されているものが多く、効果的とされる交流の条件について、健常児自身も肯定的な評価を行っていることが明らかになった。考察としては、第一に、重視される交流の質は参加者によって異なっており、交流経験と障害児に対する態度形成との関係を量的に分析する上で、個別的な嗜好や目的を考慮する必要があることが示唆された。第二に、交流の質は多様な次元を有しており、それらを網羅的に含む交流を行うためには十分な交流の量を確保する必要があることを指摘した。第三に、先行研究では交流の質の高低が考慮されずに交流の量と態度の関係が分析されてきたが、質の高い交流を繰り返すことと、質の低い交流を繰り返すことを分けて交流の効果を測定する必要があるということを指摘した。

楠見友輔(2018) 学習者の「媒介された主体性」に基づく教授と授業:社会文化的アプローチの観点から, 教育方法学研究, 43, 49-59

概要

知識基盤社会と呼ばれる現代社会において、授業における学習者の主体性が重視されている。筆者は、社会文化的アプローチの「媒介された主体性」という概念に注目し、先行研究をもとに授業における学習者の主体性が授業の中でどのように発現し、学習者の主体性に基づく教師の教授がどのような特徴を有するのかを議論した。媒介された主体性は、自身の目標や動機に基づく、他者に影響を与える、応答性の自覚を伴う、という三つの行為に含まれる相互に関連する性質として定義された。これらの性質は主体を取り巻く直接的環境、環境における状況づけられた活動、環境を規定する文脈に埋め込まれており、社会的・言説的・物質的リソースとの相互活動を行う中で発揮される。学習者の主体性を分析する方法として、先行研究では授業文脈における行為された主体性を分析する方法と、行為の意図や動機等の主体性感覚をインタビューによって明らかにする方法の二つが用いられている。学習者の主体性を上記のように定義した場合、授業における主体を教師か生徒の二者択一として捉える伝統的な見方は否定される。このような見方は学習者の多様な主体性を教師と対立する同質的なものとみなす危険性があるからである。筆者は、学習者の主体性に基づく授業を実現する上で、教師のコンティンジェンシーに注目することが有効であることを指摘した。コンティンジェンシーとは、学習者の主体性によって生じる教師の計画や予想とは異なる状況のことである。社会文化的アプローチでは、このような状況に基づく教授はコンティンジェント・ティーチングと呼ばれ、背景、文脈、他者との関係に応じて個別的で多様に発現されている学習者の主体性に応じた即興的で応答的な教授が重要であるとされている。最後に、学習者の主体性に基づく授業は対話的と呼ばれることを確認した。わが国において「対話的」という用語は「話し合い」や「言語活動」と混同される傾向にあるが、本来、対話的とは、モノローグ的や権威的と対比される概念であり、行為の双方向性や主体同士の対等な関係性を示している。筆者は対話的授業の条件を、知識、教室談話、応答性の三つの観点から整理し、学習者の主体性に基づく授業を行うためには、単純な授業の形式的な転換ではなく、上記の三つの観点における教師と学習者の関係の構造的転換が求められることを指摘した。

Yusuke Kusumi & Takayuki Koike(2019) The Social Identity of Adolescent Students with Low Vision during Interschool Interactions with Sighted Students: Voice and Symbolic Interaction, Journal of Special Education Research, 7(2), 89-100

概要

青年期の発達課題として、強いアイデンティティを形成することが重要であることが指摘されている。しかし、弱視児は家族や特別支援学校の友人、教師以外との交流の機会をあまり持っておらず、そのことがアイデンティティ形成の障壁になっていると考えられている。晴眼児との学校間交流は晴眼児にとっての知識を得るだけではなく、晴眼児と対比した自己について考えるという意味でも弱視児にとって有効であると考えられ、本研究では晴眼児との学校間交流の中で形成される弱視児のアイデンティティを議論した。シンボリック相互作用論の立場からは、社会的アイデンティティは個人に備わっているのではなく社会的な相互行為の中で形成されていくと考えられる。そこで本研究では弱視児と晴眼児双方にインタビューを行い、それぞれが交流の中で自己と他者をどのように捉えるのかを分析した。1回の学校間交流後1か月以内に、交流に参加した9名の弱視児と13名の晴眼児に対して交流中の映像を見せながら交流経験について語らせるという再生刺激法インタビューを実施した。インタビューデータを、シンボリック相互作用論におけるキーワードである、実質的アイデンティティ(actual identity)、仮想的アイデンティティと実質的アイデンティティの乖離(discrepancy between virtual and actual identity)、晴眼児と弱視児の交流における社会的役割(social role of sighted and LV students in the interaction)の3点から、現象学的解釈学的分析を用いて分析した。分析の結果、実質的アイデンティティの曖昧さ(the ambiguousness of actual identity)、弱視児が感じる不安さと価値のなさ(uneasiness and devaluation LV students feel)、障害児についての知識をめぐる支援者と学習者の関係(the roles of supporter and learner of knowledge about disability)の3つのテーマが抽出され、それぞれについて弱視児と晴眼児の語りをもとに議論を行った。総合考察として、弱視児の実質的アイデンティティは、単純に他者に支援されるだけの障害者というものではなく、弱視児でも晴眼児でも全盲児でもない複雑なものであること、彼らの仮想的アイデンティティと実質的アイデンティティは交流の中で揺らぎ、これが強いアイデンティティ形成にとって有効であることを指摘した。また、交流において弱視児は障害児についての知識を有しているという点から晴眼児の学習を支援するという役割を担っていることが明らかにされた。また、弱視児が晴眼児を支援するという関係は、弱視児が交流を通して何も学んでいないという不利益に繋がっていることも指摘した。

楠見友輔・小池貴之(2019) 交流による視覚障害理解の構造:晴眼児の交流経験についての語りの分析, 特殊教育学研究, 57(1), 37-47

概要

旧来の交流及び共同学習に関する議論では、どのような活動を通して障害理解が形成されるのか、交流の中でどのように障害理解が形成されるのか、交流を通してどのような障害理解が形成されるのかが明らかにされてこなかった。本研究では、これらの交流の活動の種類、理解の仕方、理解の種類の対応関係を分析することから、視覚障害児との交流から得られる視覚障害理解の構造を明らかにすることを目的とした。1回の交流を対象とし、自己紹介、フロアバレー、昼食交流、ゲーム、擬似体験・補助具の説明・閉会式の6つの活動を含む交流を3台のビデオカメラで記録した。晴眼児の交流相手である視覚障害特別支援学校高等部の生徒は、2名の点字生と9名の墨字生であった。交流終了後1か月以内に、交流に参加した全晴眼生徒13名(高校生)に対して、交流時のビデオ記録の一部を見せながら、交流時の出来事や心情や感想を尋ねる再生刺激法インタビューを行った。分析として、インタビューデータを交流中に得られた考えを含む単位でセグメント化し、各セグメントを言及されている活動の種類、理解の仕方、理解の種類の3観点でコーディングした。活動の種類は上記の6活動である。理解の仕方は[観察][相互活動][聞き取り][体験]の4コードとした。理解の種類は〈印象の形成〉〈ネガティブな感情の生起〉〈ステレオタイプの修正〉〈知識の獲得〉〈関係性についての意識〉〈構造的問題の気づき〉〈自己についての考察〉の7コードとした。各セグメントにつけられた3つのコードから、活動の種類×理解の仕方×理解の種類の三次元クロス表を作成し、149セグメントに対して多重対応分析を行った。結果として、【次元1:障害一般―具体的他者】【次元2:知識・情報―解釈】【次元3:他者への関心―自己への関心】という交流による視覚障害を特徴づける3つ次元が得られた。このうち、次元1と次元2による座標平面に要素を布置することで、交流による視覚障害理解を4タイプに分類した。タイプ1は「概念的な理解」であり、このタイプでは主に直接的に相手から聞き取ることで知識の獲得や構造的問題の気づきという、障害一般に対する知識・情報を得ることが含まれる。タイプ2は「事実に基づく理解」であり、このタイプでは主に観察を通してステレオタイプが修正されたり印象が形成されたりすることが含まれる。タイプ3は「関係論的な理解」であり、このタイプでは主に相互活動を通して印象の形成や関係性についての意識の形成や変化がみられる。タイプ4は「内面的な理解」であり、このタイプでは主に擬似体験によって障害に対するネガティブな感情が抱かれたり、障害を通した自己についての省察がなされたりすることがみられる。以上の結果を通して、筆者らは交流を通した視覚障害理解の多次元的構造には、協力者が高校段階であったことが関係している可能性を示唆した。交流の参加者の年齢や発達段階を考慮し、どのような交流や活動を設定することによってどのような障害理解をねらいとするのかを教師が検討することが重要であるといえる。

楠見友輔(2019) お金の支払い学習における中度知的障害生徒の学習過程と教師のフィードバック:社会文化的アプローチから, 発達心理学研究, 30(2), 101-112

概要

学習を教師と生徒の相互行為として分析する社会文化的アプローチの観点から、中度知的障害児が試行錯誤をしながらお金の支払い学習の課題を解決する過程を明らかにした。知的障害特別支援学校の中学部1年に在籍する1名の中度知的障害生徒を対象とし、示された商品の「ちょっと上」の硬貨でお金の支払いをする課題における教師と生徒の相互行為を分析した。単元の初めには、対象生徒は失敗を避けるために教師の表情を伺う、友達の答えを模倣する、当てずっぽうで支払うというように課題に考えて取り組むことが少なかった。これに対して、教師は対象生徒の学習意欲を維持しながら自分で考えることを促すフィードバックを行っていた。教師との相互行為を続けることで、対象生徒は自分で考えて課題に取り組むようになり、数回に1回は正しい支払いを行うようになった。対象生徒の学習については以下の二つの特徴が明らかになった。第一に、単元の開始時から対象生徒が課題に考えて取り組むようになるまで、課題に考えて取り組むようになってから正答が出されるようになるまでの間に二つのタイムラグが見られた。第二に、学習の成果は正答率が100%になるというような完全な理解としては現れず、対象生徒が考えて課題に取り組むようになるという正答可能性の向上として現れた。教師が方略を教えていた場合には、子どもの正答率は効率的に高まっていたかもしれないが、筆者はそのような教授では生徒はお金の支払いをパターンとして覚える可能性があり、困難な状況に直面した場合に自ら考えて課題を解決する力は形成されないということを指摘した。知的障害生徒が自ら試行錯誤をしながら課題に取り組んだ場合には、心理的・環境的な要因によって正答率は完全には高まりにくいが、生徒の学習を長期的な視点から支援し、生徒が考えて課題に取り組むようになるという正答可能性の向上に着目して評価することが重要であるということを指摘した。

楠見友輔(2019) ダウン症児の文章理解の学習:社会文化的アプローチによる一生徒の学習過程の分析から, 教育心理学研究, 67(4), 330-342

概要

本研究では、1名のダウン症児の文章理解学習の過程を社会文化的アプローチの立場から分析した。知的障害児の文章理解をテーマとする先行研究では、健常児と比較した知的障害児の文章理解力の低さが問題とされ、知能や能力の低さが文章理解力の発達の遅れを生じさせていることが指摘されることが多い。しかし、知的障害児の個人的な能力の制限のみが直接文章理解力の低さを規定するわけではないといえる。学習への低い期待や知的障害児に文章理解は困難であるという誤解によって、文章理解の機会が与えられないことが、文章理解力の低さを生じさせている可能性がある。文章理解は、デコーディングと聴解の2つの過程に分けられるが、ダウン症児はデコーディング力が高く聴解の力が低いという理解困難者(poor comprehenders)と類似した特徴を見せることが指摘されている。そこで本論文では、聴解において重要である推論の力に注目をした。推論とは、既有知識を参照しながらテキストにおける2つ以上の情報を組み合わせることでテキストに直接書かれていない情報を見出すことである。教師は文章理解の授業において意図的・非意図的に推論の力を高めることを重視しており、その一つの方法として推論的質問(inferentaial question)を用いる。本論文では、教師の推論的質問に対する対象児の応答と、その後の生徒と教師の相互行為の内容を分析した。3名の知的障害児と1名の担任教師の間で行われた8回の国語の文章理解を扱った授業を観察し、ビデオカメラで記録した。対象児(生徒L)は中度知的障害が診断されているダウン症児であり、他の2名はそれぞれ発達障害と軽度知的障害のある女子生徒、発達障害と中度知的障害のある男子生徒であった。まず、授業内の活動を《相互行為》《教師の説明》《個人的行為》に分類し、《相互行為》は教師の〈推論的質問〉〈字義的質問〉〈用語の質問〉〈復讐の質問〉から始まる4種に分類した。続いて、生徒の応答をテキストの参照と知識の参照に注目して、〈正答〉〈異なる箇所による解答〉〈知識による解答〉〈無解答(誤答)〉の4種に分類した。その上で、教師の質問、生徒の応答、フォローアップの相互行為のそれぞれの時間をビデオ記録から算出した。結果として、生徒Lは前半の授業回では、教師の質問に対して既有知識のみを参照する応答を行っており、この時点では既有知識は対象生徒のテキストを参照する推論を妨げていたことが示された。これに対して後半回では、生徒Lはテキストに基づく読みを行うようになっており、既有知識は推論を促すように機能していた。続いてフォローアップの相互行為に注目すると、教師は生徒の推論的質問への応答が正答ではなかった場合に、評価を避ける、根拠を求める、情報量を徐々に増やす、という特徴を持つ聞き返しを行っていた。これが生徒Lの思考を働かせ、生徒Lが自分自身でテキストの読み方を修正することを可能にしたと考察された。本研究は、国語の授業の中で、知的障害児が自分自身で課題に対するアプローチを変えるという学習を行っていることを示している。このような学習は正答率の上昇や、子どもの応答が正答か不正当かのみに注目していても明らかにされない。本研究のように、教師と生徒の相互行為の変化や生徒のテキストとの関りを詳細に分析することが、知的障害児の教科の学習過程を明らかにするといえる。

楠見友輔(2021) ニュー・マテリアリズムによる教育研究の可能性:物と人間の関係に焦点を当てて, 教育方法学研究, 46, 25-36

概要

本稿では、ニュー・マテリアリズムの理論を教育研究に取り入れる意義について論じた。社会科学や人文学では、旧来、主体性は意思のある人間の性質とされ、物は因果的な性質を持つものとして人間からは区別されてきた。近年の社会科学において注目されている社会構築主義においては、人間と物の多様で複雑な関係が考慮され、子どもの学習のミクロな過程が明らかにされてきた。しかし、物は人間にとっての道具に置き換えられることによって人間との関係を有すると考えられ、子どもの学習は言説的相互行為を分析することを通してのみ明らかにされてきた。ポスト構築主義に立つニュー・マテリアリズムでは、上記のような物と人間の二元論の克服が目指される。ニュー・マテリアリズムでは物の主体性と人間の主体性を対称的に捉え、コミュニケーションへの参加者が非人間にまで拡大される。物と人間はアッサンブラージュとして内的-作用をしていると捉えられ、特定の発達の筋道を辿らない生成変化が注目される。このようなフラットな教育理論を採用することは、これまで否定的な評価を受けてきた子どもの学習の肯定的側面を捉えることや、これまで見過ごされてきた知識の生産を促し、規範的な教育論から逃れた教育実践と研究の新しい方向性を見出す可能性を有している。

楠見友輔・髙津梓・佐藤義竹(2021) 知的障害生徒が教室談話に参加する過程:社会文化的アプローチから, 発達心理学研究, 32(3), 134-147

概要

本研究の目的は,社会文化的アプローチの観点から知的障害生徒の授業参加の特徴を捉え直すことにある。筆者らは,自立活動の授業において軽度知的障害のある生徒に司会の役割を付与し,電子黒板を用いて支援を行った。5回の授業における2名の対象生徒と他者との相互行為をビデオカメラで記録し,対象生徒の教室談話における参加の仕方についての変化,生徒自身の行為の自覚,他者による行為の意味づけに注目して教室談話分析を行った。分析の結果,対象生徒が教室談話を主導するようになる過程で,環境に含まれる要素や他者との関係の変化が生じていたこと,対象生徒の司会者としての自覚が生じていたこと,対象生徒が聞き手の生徒から司会者としての承認を受けていたことが明らかにされた。これらの結果から,知的障害生徒の参加を個人的な指標に注目して評価するのではなく,授業参加をダイナミックな過程として捉えることで,知的障害生徒の多様な発達の筋道を肯定的に捉えることが可能となることが示唆された。

楠見友輔(2022) 健常児との交流の語りで生起する軽度知的障害児のアイデンティティ:記述的現象学的アプローチ, 質的心理学研究, 21, 120-128

概要

本研究は,健常児との交流という状況において軽度知的障害児が自己を捉える枠組みを分析することによって,軽度知的障害児のアイデンティティの特徴を明らかにすることを目的とする。1つの知的障害特別支援学校高等部と1つの高等学校の間で行われた2回の交流を対象とし,エスノグラフィーによって以下の3つのデータを収集した。第一は,交流の様子のビデオ記録である。第二は,交流中の参加者の会話音声の記録である。第三は,2名の知的障害のある協力者に対する交流後の再生刺激法インタビューである。これらのデータをもとに2名の協力者の経験をアイデンティティに注目して記述的現象学的アプローチを用いて分析した。結果として,第一に,軽度知的障害児の交流経験が,個人的な出来事と関連づけられて語られることが示された。第二に,軽度知的障害児は自己を障害児としてではなく他者と交流する一個人と捉えていることが示された。第三に,軽度知的障害児は現在の自己を過去と未来と関連づけ,発達的に捉えていたことが明らかにされた。

Kusumi, Y., Tominaga, M., Nagasawa, H., & Fujii, A. (2022). One School’s Management of Students With Intellectual Disabilities During the COVID-10 Outbreak in Japan: A Study Based on Interviews With Teachers. doi.org/10.1177/17446295221082731

概要

COVID-19パンデミックの初期のフェーズである3月~6月の学校の一斉休校から再開までを対象とし、知的障害特別支援学校の中で行われた危機対応や意思決定を分析した。1つの知的障害特別支援学校を対象とし、異なる教員経験年数と役職の教師10名にインタビューを行った。COVID-19パンデミック初期に行われた研究では、管理職へのインタビューから、意思決定における要点を明らかにしたものや、複数の学校の教師を対象として教師の危機対応への意見を調査して整理したものが多い。これに対して、本研究の特徴は、分散型リーダーシップの観点から、COVID-19に関わる休校と再開という1つの事象に関して、1つの学校の様々な役職の教師がどのようにそれを捉え、学校の意思決定にどのように携わったかを、それぞれの教師の視点から分析したことにある。質的テーマ分析によって、センスメイキング、危機対応組織、高い士気、優先順位づけのある計画、リスク管理、困難からの回復という、危機的状況を克服する上で重要となる6つのテーマを明らかにした。それぞれのテーマを複数の教師がどのように語ったかをダイナミックに描いた。本論文は、2022年度の質的心理学会の国際フロンティア奨励賞を受賞した。

Kusumi, Y. Actualizing concept without language: a diffractive analysis of educational practice for children with disabilities with handmade manipulative materials in Japan. doi.org/10.1080/09518398.2022.2127016

概要

日本の知的障害教育で用いられる教材教具に関する教師の語りを分析することから、教育実践における教材、子ども、教師の変化を再考した。旧来、教材教具は道具として、教育実践の中で不活性な製品のように見られてきた。これに対して、本研究では、教材教具の「材」としての特徴に注目し、主体実在論(agential realism)から、教材教具を教師や子どもと一緒に働くエージェンシーと捉えた。教材教具の作成に30年以上携わった2名の元教師にインタビューを行い、得られたデータを回折的方法論を用いて分析した。結果として、以下の3つの知見を得た。第一は、教材教具のアッサンブラージュとしての特徴である。第二は、教材教具と一緒に教師と学習がなされることである。第三に、教材教具-子ども-教師は終わりのない生成変化をするということである。

楠見友輔(2023)(ポスト)質的研究をひらく:倫理-存在-認識論に立つ研究, 質的心理学研究, (22), 206-224

概要

人間を世界と切り離して分析する研究法では、大加速する地球規模の危機に人間自身が巻き込まれている現代社会の問題を解決することが困難である。このような状況下で、質的研究の内部において、ドゥルーズの哲学、ニューマテリアリズム、ポストヒューマニズム等の理論とともに思考し、反-表象主義、物質と人間の対称性、脱人間中心主義を標榜するポスト質的研究を希求する運動が生じている。ポスト質的研究は、倫理-存在-認識論という独自の立場から研究を行うため、調査と分析の過程や論文の文体は、伝統的な研究と大きく異なっている。さまざまなデータと研究者は脱領土化・脱層別化された内在平面で内-作用し、新しい知識を創造することが目指される。ポスト質的研究で用いられる造語と転義に親しむこと、ポスト質的研究への批判を概観すること、ポスト質的研究の重要な特徴をつかむことを通して、本稿は、質的研究のフレームを開き、ポスト質的研究の可能性を拓くことを目的とする。